2025年度秋の特別行事

豊橋駅の改札を通る前の集合でした。JRで来るか?名鉄で来るか?係は案内の用紙を持って出席の方々を待ちました。そんな風でしたので親しくなり、市電の中ではすっかり打ち解けてみなさんお話をしていました。「駅前」駅には豊橋まつりの提灯が吊るしてありました。4つ目の「市役所前」駅で降り、半球ドームと鷲がシンボルでロマネスク様式の豊橋市公会堂を見ながら進みました。昭和6年建設当時の鷲は地上にモニュメントとして展示されています。

公会堂ので横を通って市役所に入りました。13階の展望レストランに向かいます。エレベーターを降りると一面ガラス張りの窓から見える景色にわぁっと声が上がりました。さすが地上56mの高さです。お肉またはお魚のメインディッシュとビュッフェスタイルの前菜です。三河産の野菜を使った前菜を少しずつ取り分けたつもりが結構お皿に盛ってしまったとか、少ないと思ったら丁度良かったとか、いろいろでした。ケーキは2個選ぶのですが、あれもこれも美味しそうで楽しく迷いました。

豊橋公園ではボランティアガイドをお願いし、2班に分かれて散策しました。おひとりは佐保会の会員にご縁のある方で、世間は狭いものだと思いました。参加の方から、「日本独自の文字がある神社は?」とお尋ねに「もう少し西の湊神明社ですよ」とお答えかありました。後日宮司さんに確かめると「かむながら」と神代文字で書いてあるパネルが拝殿の左側にあるそうです。

池田輝政は三河吉田から播磨姫路に移封されて姫路城を築城しましたが、輝政によって縄張りを決められていた吉田城は拡張された城地が未完成のまま明治に至ったと、ガイドさんは大変に残念がっていました。将軍が泊まる本丸御殿、城主が住まう二の丸御殿、着到櫓があったんですよと説明がありました。明治になり、大日本帝國陸軍第15師団が置かれたので、江戸と明治の時代は一般人は今のように入ることはできなかったということです。
豊橋美術博物館では「吉田藩誕生!竹谷松平と深溝松平」の企画展がありました。古文書、系図、画像の掛軸、武具、蒔絵鼓胴など展示されており、先程の吉田城を思い浮かべながら鑑賞しました。大河ドラマ「どうする家康」の配役と重ね合わせて鑑賞されている方もいました。

令和6年9月に大規模修理を終えた豊橋ハリストス正教会は外から見ました。壁は白く屋根は銅色、ビザンチン・ロシア様式の木造建築は和洋折衷の美しい建物です。ロシア正教会の象徴でもある八端十字架が屋根の上にあります。土曜の午後、日曜の午前の礼拝の時に中を見学できるそうです。

飽海神戸神明社(あくみかんべ神明社)は鬼祭りの神社です。境内の神庫には赤鬼が展示されていましたので、近くからじっくり眺めました。一段高くなっている儀調場はい様々な神事が行われる場所だそうです。伊勢神宮遥拝所もありました。
ゆるゆると歩いていろいろ見たあとは、また市電で豊橋駅に向かいました。小雨が降りましたが、暑くもなく寒くもないお天気でした。以前暴風警報で中止になった豊橋での行事が今度はできました。